声を上げてみることもたまには必要なのかも

「集団自決」検定、文科省が対応検討 沖縄県民大会受けの記事を見て。

最初は沖縄で11万人という大規模な集会が開かれたこと自体に驚きを感じた。沖縄の歴史やそこに住む人のアイデンティティに関わる問題や本土とは違った歴史というのもあるのだろうが、本土で何かを訴える集会でここまでの規模のものはほとんど無いんじゃないかと思う。

この集会によって教科書の記述の見直しを指示したことが政治家のパフォーマンスだったとしても、声を上げてみれば何かが動く場合があるという例なのかなと。

もちろん政治に対しては選挙という物言う手段があるわけだけれど、もっと直接的な手段に訴えることも時と場合によっては必要なのかもしれない。日本人は声を上げなさすぎると外国から見られていたりするようだが、たしかに税金や年金やら、ホワイトカラーエグザンプションやらさまざまな問題に対して不満はあるが特にそれを比較的表に出さないという「あきらめ」が続いているわけで。

自分たちの死活問題になるようなことなら、もっと声を上げてもいいのかもしれない。一部のNGOや市民団体だけがこぢんまりとやるだけより。ネット上の世論の力も昔に比べればかなり大きくなってきたのだろうけど「しょせんネット上だろ」と都合良く片付けられることもまだまだ多い。実際に外に出て同じ思いの人と顔を合わせて集まって、一緒に声をあげることがまだ一番の力を持つのかも。

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