日本のものづくりは無理を誰かが被って成り立ってるのではないか

第9回:納期まで3カ月もない - 電子部品 - Tech-On!(読むには要登録)

1995年にPHS端末用の小型リチウムイオン電池の開発と納品までの話で、メーカーから依頼を受けたのが納期の3ヶ月前なんだそうで、そこからの金型合わせとか様々な困難を乗り越えて...という話。

まぁ、ある意味「美談」ではあるのかもしれないけど、メーカー側も出荷3ヶ月前まで端末自体の開発が遅れた上に、その遅れを外部の企業に何とかさせようっていう話で、よくよく考えるとどうなんだろと思わないでもない。

電池メーカーが1分、1秒と急かされて作ったものをちゃんとした値段で買ってあげたんだろうかとか、余計なことばかりが気になってしまう。

日本的ものづくりは、こういう「ムリムリ」をなんとか、と聞いてもらってみんなで苦労して完成にこぎ着けるみたいなノリは変わらないね。ハード開発でも、ソフト開発でも。下請けひっくるめて休日返上で頑張りました、出荷しました!って言っても下請けにはその深夜やら休日までメーカーと作業をつきあった分のコストをペイできるだけのお金が払われていなかったりすることも多そう。

「血と汗と涙の結晶」という響きがだんだんと時代錯誤になってきてる。

いや、本当に自分が情熱を傾けて作ったものに対して言うのは問題ない。でも効率の低い作業ばかりだったり、マネジメントに問題があったり、下請けどうしで揉めたりと不毛な消耗戦の結果作ったものに対しては、それが世界初のものだったとしても誇りを持てる気力すら無いんじゃないだろうか。

あまりにも「無理の利く」会社どうしが幅をきかせてこの世界ができあがってる感じがするし、ソフト開発ならそこに「人売り」の入り込む素地が出てくる。こうして「高稼働、短納期、大人数歓迎」みたいなSIerが出てきて消耗品のように人を使うことになってるのだろうな。

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